『世界料理の構造地図』· 第8章
デンプンと身体 — 第8章
3つのデンプン契約と、それぞれが必要とする温度
この章を読み終えたとき、ルーが粉っぽい味になったり、リゾットが粘って餅のようになったり、クリームソースが1時間後にまた水っぽく分離したり、炊いたご飯が一方は粘って一方は芯が残ったり ―― そのときに、デンプンが結ぼうとしていた3つの「契約」のどれを走らせていたのか、どの温度で契約がすり抜けたのかが、ぱっと見て分かるようになります。
この章で扱うもの
3つのデンプン契約
この章ではデンプンを「名詞」ではなく「動詞」として扱う。ルーの小麦粉でも、麺の小麦でも、米のアミロースでも、ジャガイモのアミロペクチンでも、片栗粉の水溶きでも、料理人の問いは同じ ―― このデンプンは何度で水を吸い、膨らみ、ゲル化し、最後に固まるのか? デンプンごとに契約の名前を呼べるようになると、生臭いルー、餅のようなリゾット、ベチャっとした白飯、そして分離したクリームソースが、ひとつの同じクラスの問題に見えてくる。
- 01水溶き(スラリー)契約 — 後から手早く濃度を付ける ―― 冷たい液体に水溶きしたデンプンを、短い沸騰でゲル化させる炒め物の片栗粉、出汁にとろみを付ける葛、フルーツソースのアロールート
- 02ルー契約 — じっくり仕込み型の濃度 ―― 小麦粉を脂で先に火入れし、後から液体を加えて伸ばすベシャメル、ヴルーテ、ハヤシライスのルー、ジャンバラヤの基底
- 03穀物そのもの契約 — デンプン源が身体そのものになる ―― 米がアミロースを溶かし出す、パスタの茹で汁が残されるリゾット、パエリア、おかゆ、パスタ茹で汁を使うカチョ・エ・ペペ
ほかにも、主要なデンプンの糊化温度表(小麦・米・コーン・ジャガイモ・アロールート・片栗粉・タピオカ)、ルーの色 ―― 風味のはしご(ホワイト → ブロンド → ブラウン → ダーク)、炊いたご飯の食品安全(セレウス菌・1時間以内に冷蔵)、そしてカタログから引いた8つの実例を扱います。
読み終えたあとに身についていること
この章を終えると
- デンプンを「名詞」ではなく「動詞」として捉える。 「小麦粉」「米」「片栗粉」は、3つの違う語彙で同じ問いを尋ねている ―― この粒は何度で水を吸い、膨らみ、ゲル化し、固まるのか。
- 同じコンロの上の3つの契約。 水溶き(後から、素早く、澄んだ)、ルー(じっくり、仕込み、層を作る)、穀物そのもの(米や麺が 身体そのもの) ―― 良いレシピはほぼ常にどれかを主に、別のひとつを副に使っている。
- 糊化温度の感覚を持つ。 小麦(約58〜64°C)、米(約70°C)、コーン(約62〜72°C)、ジャガイモ(約58〜66°C)、アロールート(約70°C)、タピオカ(約63°C)。窓を下回れば固まらない。窓を超えて長く熱すれば、デンプンが切れて液体に戻る。
- ルーのはしご。 ホワイト、ブロンド、ブラウン、ダーク ―― それぞれがソースに何をもたらし、暗くなるにつれて何を失う(増粘力)のか。ダークルーのガンボとホワイトのベシャメルが、分単位で測られた同じ技法であること。
- パスタの茹で汁はデンプン水だ。 鍋の白く濁った水は溶け出したアミロース。フライパンにソースと一緒に注ぐと、片栗粉の水溶きと同じ仕事をする ―― 素早く、後から、つややかに濃度を付ける。
- ご飯の食品安全。 炊いたご飯を常温で2時間以上放置するとセレウス菌のリスクがある。1時間以内に冷蔵し、再加熱は1回だけ徹底的に。譲れない。
- カタログからの実例。 料理文化を横断して3つの契約を歩く8つのレシピ。
- 自分の鍋を読む。 水溶きが濁りから艶に変わる瞬間、ルーが粉の香りからナッツの香りに変わる瞬間 ―― 契約が着地した合図を、温度計より先に視覚と嗅覚で掴む。
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この章の契約の文法を使って具体的なデンプン系の失敗を診断する応用ページ: 失敗レスキュー。
