料理を、レシピではなく
人類五千年の欲望の記録として書いています。

Who I am — 経歴
日本で生まれ、リヨンとパリの厨房で料理を学びました。そこから東京、ドバイ、東南アジアの厨房を渡り歩き、いまはベトナムのホーチミンで暮らしています。
それぞれの場所で、別々のことを教わりました。リヨンでは、精度が味になること。東京では、味は規律と切り離せないこと。ドバイでは、味は政治であること。東南アジアでは、最良の料理にはしばしばレシピがないこと。
どの厨房からも、同じ一つの癖だけを持ち帰りました。「なぜ」と問う癖です。
歩み
- 修業期フランス — リヨン・パリ
リヨンとパリの厨房でフランス料理を修業。フォン、ソース、火入れの精度、プロの厨房が動くロジックを学んだ。
- 東京日本
帰国後、東京の厨房で働く。日本料理の規律と精度を吸収した。「引き算が味になる」という原理を、ここで体感として覚えた。
- ドバイUAE
複数の文化・宗教的食規定が交差する国際的な厨房環境で働いた。「何を許し、何を禁じるか」が料理を設計する——その観察をここで深めた。
- ホーチミン市ベトナム
現在の活動拠点。東南アジアで繰り返し確認してきた観察がある。最も教示的な料理には、しばしばレシピがない。本格的な執筆はここから始まった。
- 著述・サイトterumimorita.com
食の歴史と日本料理をテーマに38冊以上を英日両語で出版。terumimorita.com を、ジャーナル・レシピガイド・試作メモ・無料PDFのホームとして開設。
研究と実践
- 食と交易・移動・信仰の交差
- フランス古典料理の構造的論理
- 日本料理のロジック、普遍的な原理として
- 発酵・保存・「時間」という調理技術
- 味覚が文化と世紀を越えて移動する仕組み
- フランス料理のマザーソースとその派生
- 日本のだし・煮物・引き算の仕込み
- 東南アジアの味の基礎 — 香草・酸・発酵食材
Why I write — なぜ書くのか
食は、人類がどう生き、何を交換し、何を信じ、何に苦しんできたのかを、最も濃く圧縮した記録です。ポテトチップス一枚は、ただのスナックではない。五百年分の塩の交易と、産業的な揚げ技術と、大規模農業が、三秒で舌に翻訳されたものです。
私が書いているのは、その翻訳を見える形にするためです。食の歴史が難解だからではなく、私たちの食欲を設計している構造が、ふだんは隠されているからです。それが見えるようになると、人は違うように食べ、違うように料理し、違うように自分を理解します。
本には二つの系統があります。ひとつはエッセイ ——「大航海時代の水夫が今のポテトチップスを食べたらどうなる?」のように、一つの食べ物を突破口にして、一つの文明を開いていくもの。もうひとつは実用書 —— 日本料理のロジックを解きほどいて、世界のどの厨房でも通用する原理にまで落とし込んだもの。
私にとっては、どちらも同じ一つの仕事です。
