Terumi Morita
May 20, 2026·食の歴史·1分・約839字

江戸の職人がケチャップを味わったら——『引き出した甘さ』と『足した甘さ』

江戸の醤油は塩と時間でうま味と甘みを引き出す。ケチャップは砂糖を足す。どちらが上ではなく、甘さの出どころが違う。その違いは、今あなたが鍋の前で下せる判断そのものだ。

江戸の醤油職人が、現代のトマトケチャップをひとさじ口にしたら。最初の驚きはおそらく「甘い」。次に来るのは「この甘さは、どこから来たのか」という問いだろう。その問いこそ、二つの調味料を分ける核心だ。

江戸の醤油は、大豆と小麦を塩とともに仕込み、微生物の力で長い時間をかけて色と香りとうま味を引き出す。砂糖は加えない。甘みやうま味は、原料が分解される過程から引き出されるものだ。一方ケチャップは、トマトに砂糖・酢・香辛料を調合し、比較的短期間で仕上げる、工業社会の調味料。甘さは「あとから足した」甘さだ。どちらが優れているという話ではない——甘さの出どころが違う。

江戸の調味にも、甘さをつくる手段があった。その一つがみりんだ。みりんは、もち米と米麹を焼酎(アルコール)とともに仕込み、麹の酵素による糖化と熟成で甘みが生まれる醸造調味料で、砂糖を直接足したものではない。江戸の調味は、こうした「引き出した甘さ」と地続きだった。

ここに料理の判断がある。甘さやうま味には「素材から引き出した甘さ」と「あとから足した甘さ」がある、と意識して味わうことだ。トマトや出汁を煮詰めると、水分が抜けて、もとからある甘みとうま味が濃くなる。玉ねぎを炒めれば、加熱で素材の甘みが前に出る。これらは素材から引き出された甘さ。砂糖やケチャップの甘さは、輪郭がはっきりして即効性がある。役割が違う。仕上げに「足す」前に、いま鍋の中で引き出せている甘さがどれだけあるかを確かめる——それだけで、味の設計は変わる。発酵が味をどう変えるかはFermentation Notebookで扱っている。

ケチャップが悪いわけではない。便利で、はっきりした甘さは料理の武器になる。ただ、江戸の職人が投げかけるのは「この甘さは、誰が、どうやって作ったのか」という問いだ。その問いを持って味見できる人は、砂糖を足すべき時と、素材に任せるべき時を、自分で決められる。

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